敬語という妖怪をあやつる張本人というのは、そんな風な日本的生活に在るのだろうと私は思う。
今日はウチの連中が腕にヨリをかけた料理で、とか、これは自慢の家庭料理で、とか、その食べ物の性格について己れの信ずるところをハッキリ云えばそれでよい。
不出来だと思ったら不出来、相手の味覚がそれをどう受けとるにしても、味覚の好悪というものは好き好きで論外である。
敬語という妖怪をあやつる張本人というのは、そんな風な日本的生活に在るのだろうと私は思う。
今日はウチの連中が腕にヨリをかけた料理で、とか、これは自慢の家庭料理で、とか、その食べ物の性格について己れの信ずるところをハッキリ云えばそれでよい。
不出来だと思ったら不出来、相手の味覚がそれをどう受けとるにしても、味覚の好悪というものは好き好きで論外である。