直木三十五が来てゐた。
あの当時の文士は一城をまもつて虎視眈々、知らない同業者には顔もふりむけないから、誰が来てゐたかあとは知らない。
中原中也は、十七の娘が好きであつたが、娘の方は私が好きであつたから中也はかねて恨みを結んでゐて、ある晩のこと、彼は隣席の私に向つて、やいヘゲモニー、と叫んで立上つて、突然殴りかゝつたけれども、四尺七寸ぐらゐの小男で私が大男だから怖れて近づかず、一米ぐらゐ離れたところで盛にフットワークよろしく左右のストレートをくりだし、時にスウングやアッパーカットを閃かしてゐる。