濹東綺譚に於ける、他の低さ、俗を笑ひ、自らを高しとする、それが荷風の精神であり、彼は戯作者を衒ひ、戯作者を冒涜する俗人であり、即ち自ら高しとするところに文学の境地はあり得ない。
なぜなら文学は、自分を通して、全人間のものであり、全人間の苦悩なのだから。
江戸の精神、江戸趣味と称する通人の魂の型は概ね荷風の流義で、俗を笑ひ、古きを尊び懐しんで新しきものを軽薄とし、自分のみを高しとする、新しきものを憎むのはたゞその古きに似ざるが為であつて、物の実質的な内容に就て理解すべく努力し、より高き真実をもとめる根柢の生き方、あこがれが欠けてゐる。