私が二十二三の頃であつたが、夏休みで帰省してゐるとき、海軍の水泳教官のたしか岩田とかいふ人物が新潟佐渡間を泳ぐためにやつてきた。
臥龍先生の頃と違つてジャーナリズムの時代だから先づ新聞社で挨拶する、講演もする、モータアボートをお供につれて出発したが、朝三時といふ出発が四時半頃で、私も夜明けの浜へ見に行つたが、妾だか芸者だか連れてきて、その女に送られて海へはいつて行つた。
十六時間で泳ぐつもりだから、ちやうど夕方暗くなるころ着くだらうと何でもないやうに言ひ残したのを私はきいたが、私は此奴はモグリだと思つた。