私が中学一年のとき、佐渡出身の斎藤兼吉といふ人が始めてオリンピックの水泳に自由型へ出場して片抜手で泳いだ。
このときハワイのカハナモクのクロールに惨敗し、クロールといふバタ足の異様な泳ぎを習ひ覚えて日本へ持ち帰つて伝へたので、私達はこの先生からコーチしてもらつてゐたから、日本古来の泳法は速力の点で問題にならぬことを知つてゐた。
まして平泳ときては論外で、一哩だけ切り離して全速で泳いだつて世界一の選手でも三十分では危いだらう。
私が中学一年のとき、佐渡出身の斎藤兼吉といふ人が始めてオリンピックの水泳に自由型へ出場して片抜手で泳いだ。
このときハワイのカハナモクのクロールに惨敗し、クロールといふバタ足の異様な泳ぎを習ひ覚えて日本へ持ち帰つて伝へたので、私達はこの先生からコーチしてもらつてゐたから、日本古来の泳法は速力の点で問題にならぬことを知つてゐた。
まして平泳ときては論外で、一哩だけ切り離して全速で泳いだつて世界一の選手でも三十分では危いだらう。