あんなことは平凡で、常識的で、適度でなければならないものだ。
私は終戦後三木昇に路上であってお茶をのんだが、そのとき思いついたように私を口説いて、技巧がうまくてそのうえ精力絶倫で二日二晩窓もあけず枕もとのトーストやリンゴを噛りながら遊びつづけることもできるのだから、どんな浮気な女でも夢中になったり、感謝したりするなどといった。
私は夢中になるのは好きじゃないと答えたが、彼は女のてれかくしだと思って、ネ、いいだろう、路上で私の肩をだいたが、抱かれた私は抱かれたまま百米ほど歩いたけれども、私はそんな時は食べもののことかなんか考えていて、抱いている男のことなどは考えていない。