昔は関脇ぐらいまでとり、未来の大横綱などといわれた人が、十両へ落ち、あげくには幕下、遂には三段目あたりへ落ちて、大きな身体でまたコロコロ負かされている。
芸術の世界などだったら、個人的に勝負を明確に決する手段がないのだから、落伍者でも誇りやウヌボレはありうるのに、こうしてハッキリ勝敗がつく相撲というものでは負けて落ちてゆく、ウヌボレ慰めの余地がない。
残酷そのもの、精神侮蔑、まるで人の当然な甘い心をむしりとり人間の畸形児をつくりあげている、たえがたい人間侮蔑、だから私はエッちゃんが勝ったときは却ってほめてやる気にならず、負けた時には慰めてやりたいような気持になった。