しかし、退屈というものが、相当に魅力あるものであり、人生はたかがそれぐらいのものだとも思っていた。
私は久須美が痩せているくせに肩幅がひろくそこの骨がひどくガッシリしており肋骨が一つ一つハッキリ段々になっている、腰の骨がとびだし、お尻の肉が握り拳ぐらいに小さく、膝の骨だけとびだして股の肉がそがれたように細くすぼまり脛には全くふくらみというものが失われてガサガサした棒になっている、その六尺の長い骨格を上から下、下から上、そんなものをぼんやり眺めていても、私は一日、飽かずくらしていられる。
時にはそれが人体であり肋骨の段々であることも忘れて、楽器と遊ぶように指先で骨と凹みをつついたり撫でたり遊んでいる。