ところがラクロの「危険な関係」に至つては、作者の思想が作中人物に及ぶといふところが全くないに等しい、よつて又、文学史上の位置も有つて無きが如く、無くて有る如く、アイマイ、モコたるものでジッドの讃辞にも拘らず、ジッド宗徒のたむろする日本フランス文学者の間ですら、一向に声価は上らなかつた。
ここには一つの「眼」があるけれども、思想がない。
小林秀雄は兼好法師の眼に就て論ずるところがあつたけれども、兼好の眼とラクロの眼は大変違ふ。
ところがラクロの「危険な関係」に至つては、作者の思想が作中人物に及ぶといふところが全くないに等しい、よつて又、文学史上の位置も有つて無きが如く、無くて有る如く、アイマイ、モコたるものでジッドの讃辞にも拘らず、ジッド宗徒のたむろする日本フランス文学者の間ですら、一向に声価は上らなかつた。
ここには一つの「眼」があるけれども、思想がない。
小林秀雄は兼好法師の眼に就て論ずるところがあつたけれども、兼好の眼とラクロの眼は大変違ふ。