小林秀雄は兼好法師の眼に就て論ずるところがあつたけれども、兼好の眼とラクロの眼は大変違ふ。
兼好の見た人間の実相とラクロの見た人間の実相は甚しく相違してゐるのである。
思想によつて動くことのない眼だと小林が徒然草の作者に就て言ふ言葉はラクロに就ても言へるけれども、徒然草の作者が否定的に見てゐることをラクロは肯定的に見てをり、否定的態度といふものが実はそれ自体強力な思想でありモラルであるのに比べて、肯定的態度といふものは決して自ら思想を構成するものではない。
小林秀雄は兼好法師の眼に就て論ずるところがあつたけれども、兼好の眼とラクロの眼は大変違ふ。
兼好の見た人間の実相とラクロの見た人間の実相は甚しく相違してゐるのである。
思想によつて動くことのない眼だと小林が徒然草の作者に就て言ふ言葉はラクロに就ても言へるけれども、徒然草の作者が否定的に見てゐることをラクロは肯定的に見てをり、否定的態度といふものが実はそれ自体強力な思想でありモラルであるのに比べて、肯定的態度といふものは決して自ら思想を構成するものではない。