いつ如何なる現世に於ても、常に現世の良俗といふものが存在して、人間性をゆがめ、各自反逆し合ふタテマヘを免れ得ないに相違ない。
社会的なる人間と個人的なる人間と、その二つが相反せざる唯一のものとなり得る時があるだらうか。
思ふに現世の良俗は破れた嚢を縫ふやうな間に合せな稚拙なカリヌヒであるにしても、あらゆる現世に於て多かれ少かれカリヌヒであることはその宿命で、良俗に就てかかる絶望的な宿命を確認することは、良俗への侮蔑の念を失ふ根柢ともなるものである。
いつ如何なる現世に於ても、常に現世の良俗といふものが存在して、人間性をゆがめ、各自反逆し合ふタテマヘを免れ得ないに相違ない。
社会的なる人間と個人的なる人間と、その二つが相反せざる唯一のものとなり得る時があるだらうか。
思ふに現世の良俗は破れた嚢を縫ふやうな間に合せな稚拙なカリヌヒであるにしても、あらゆる現世に於て多かれ少かれカリヌヒであることはその宿命で、良俗に就てかかる絶望的な宿命を確認することは、良俗への侮蔑の念を失ふ根柢ともなるものである。