ギリシャの昔から、未来永劫に至る人間で、ラスコリニコフが十九世紀乃至二十世紀にしか生息し得ないであらうことに比べて、現世的な活力は謙虚であつても、その人間的実在は一つの絶対を道破してゐるものなのである。
思想は、そして思想的人物は、その思想によつて最も強力な現世的実在でありうるけれども、又、思想の故によつて老い、亡びるものでもある。
そこには現世の良俗と直接取引が行はれてゐるから。
ギリシャの昔から、未来永劫に至る人間で、ラスコリニコフが十九世紀乃至二十世紀にしか生息し得ないであらうことに比べて、現世的な活力は謙虚であつても、その人間的実在は一つの絶対を道破してゐるものなのである。
思想は、そして思想的人物は、その思想によつて最も強力な現世的実在でありうるけれども、又、思想の故によつて老い、亡びるものでもある。
そこには現世の良俗と直接取引が行はれてゐるから。