休養、娯楽を悪徳と見る儒学思想は今日も尚日本の家庭を盲目的に支配してをり、よく働き、よく遊べといふやうな分りきつたことすらも、尚一般的な常識ではないのである。
休養、娯楽が家庭化されてゐないから、芸術の鑑賞も亦家庭化せられず、芸術の休養、娯楽性といふやうなものも理解せられてをらぬのである。
人間探求、生活探求、そして魂の糧であるといふこと、それも亦たしかに文学の効用のひとつであるけれども、元々小説は思想の解説書ではなく、人の生活を物語ることによつて、読者の心と通じるもので、面白く語ることによつて先づ読者と友達になる、話術も大切で、半面の休養娯楽性といふものを忘れては成り立たない。