教養として各方面に一応の知識のあることは悪いことではないから、綜合雑誌がそのために存在するなら、もつと通俗性、読ませるものでなければならぬ。
現在の綜合雑誌を全部通読する人は小数で、殆んど虚栄的な存在ではないかと疑られる。
だいたい教養としての知識は雑誌的であるよりも単行本的でなければならぬと思はれるが、日本の出版界、学界は不思議なところで、初歩の解説書と専門書はあるが、中間的な手引書がない。
教養として各方面に一応の知識のあることは悪いことではないから、綜合雑誌がそのために存在するなら、もつと通俗性、読ませるものでなければならぬ。
現在の綜合雑誌を全部通読する人は小数で、殆んど虚栄的な存在ではないかと疑られる。
だいたい教養としての知識は雑誌的であるよりも単行本的でなければならぬと思はれるが、日本の出版界、学界は不思議なところで、初歩の解説書と専門書はあるが、中間的な手引書がない。