俳句も短歌も芸術の一形式にきまつてゐるけれども、先づ殆ど全部にちかい俳人や歌人の先生方が、俳人や歌人であるが、詩人ではない。
つまり、芸術家ではないだけのことなのである。
然し又、自由詩をつくる人々は自由詩だけが本当の詩で、韻のある詩や、十七字、三十一字の詩の形式はニセモノの詩であるやうに考へがちだけれども、人間世界に本当の自由などの在る筈はないので、あらゆる自由を許されてみると、人間本来の不自由さに気づくべきもの、だから自由詩、散文詩が自由のつもりでも、実は自分の発想法とか構成法とか、自由の名に於て、自分流の限定、限界、なれあひ、があることを忘れてはならない。