私が二十の年に坊主にならうと考へたのは、何か悟りといふものがあつて、そこに到達すると精神の円熟を得て浮世の卑小さを忘れることができると発願したのであるが、実は歪められた発願であつて、内心は小説家になりたかつたのであり、それを諦めたところに宗教的な満足をもとめる心も育つたのであらうと思ふ。
なぜ諦めたかと云へば、言ふまでもなく、才能がないと思つたからだ。
芸術は天才がなければ出来ないと私は考へてゐた。
私が二十の年に坊主にならうと考へたのは、何か悟りといふものがあつて、そこに到達すると精神の円熟を得て浮世の卑小さを忘れることができると発願したのであるが、実は歪められた発願であつて、内心は小説家になりたかつたのであり、それを諦めたところに宗教的な満足をもとめる心も育つたのであらうと思ふ。
なぜ諦めたかと云へば、言ふまでもなく、才能がないと思つたからだ。
芸術は天才がなければ出来ないと私は考へてゐた。