私の模倣癖の甚しさに就て一例をあげれば、私はたとへば山路愛山の徳川家康に感心したが、愛山とか徳富蘇峰とか、かういふ独創的な歴史家の歴史を読むと、私はそれに限定され、それ以上にハミ出すことができなくなつて、歴史小説が書けなくなつてしまふのだつた。
だから私は歴史小説を書くために調べ物をするときは、二流三流の独創性の何もない歴史家の本を漁らなければならないのだ。
このことは小説に就ても同じことで、私はすぐれた作品を読むと、それに師事したり、没入して読むといふことができず、敵意をいだき、模倣を怖れて、投げすて、目をとぢてしまふのだつた。