それで始めの鼻息はどこへやら、今度は人のつまらぬ仕事までほめたりおだてたりするのは、自分の仕事もそのへんで甘く見逃して貰ひたいといふ意味だ。
本当に自由を許されてみると、自由ほどもてあつかひにヤッカイなものはなくなる。
芸術は自由の花園であるが、本当にこの自由を享受し存分に腕をふるひ得る者は稀な天才ばかり、秀才だの半分天才などといふものはもう無限の自由の怖しさに堪へかねて一定の標準のやうなもので束縛される安逸を欲するやうになるのである。
それで始めの鼻息はどこへやら、今度は人のつまらぬ仕事までほめたりおだてたりするのは、自分の仕事もそのへんで甘く見逃して貰ひたいといふ意味だ。
本当に自由を許されてみると、自由ほどもてあつかひにヤッカイなものはなくなる。
芸術は自由の花園であるが、本当にこの自由を享受し存分に腕をふるひ得る者は稀な天才ばかり、秀才だの半分天才などといふものはもう無限の自由の怖しさに堪へかねて一定の標準のやうなもので束縛される安逸を欲するやうになるのである。