家康の出処進退といふものは戦国時代には異例であつた。
彼は信長と同盟二十年間、ついぞ同盟を破らなかつた。
同盟を破らないのは当り前ぢやないか、と今日は誰しも思ふであらうが、当時は凡そ同盟をまもるといふことが行はれてをらぬので、利害得失のために同盟を破るのが普通であり、損を承知で同盟をまもり義をまもるなどとは愚かであり、笑ふべきことであり、決して美談だとは考へられてをらなかつた。
家康の出処進退といふものは戦国時代には異例であつた。
彼は信長と同盟二十年間、ついぞ同盟を破らなかつた。
同盟を破らないのは当り前ぢやないか、と今日は誰しも思ふであらうが、当時は凡そ同盟をまもるといふことが行はれてをらぬので、利害得失のために同盟を破るのが普通であり、損を承知で同盟をまもり義をまもるなどとは愚かであり、笑ふべきことであり、決して美談だとは考へられてをらなかつた。