我々は内心ビクついてをりながら顔色だけはゴマかすぐらゐの習練はできるのである。
それは形の上の習練で内容的には一向に習練されてはゐないのだが、家康といふ人は、つまりさういふ虚勢の、上ッ面だけのお上手が下手であつた証拠だ。
彼は顔色を変へしばしは声もでなくなるぐらゐ顛倒するが、やがて考へ、そして考へ終ると度胸をきめる。
我々は内心ビクついてをりながら顔色だけはゴマかすぐらゐの習練はできるのである。
それは形の上の習練で内容的には一向に習練されてはゐないのだが、家康といふ人は、つまりさういふ虚勢の、上ッ面だけのお上手が下手であつた証拠だ。
彼は顔色を変へしばしは声もでなくなるぐらゐ顛倒するが、やがて考へ、そして考へ終ると度胸をきめる。