その夜更けに本多正信が家康の寝所へでかけて行つて、三成のことはどうお考へで、と尋ねると、家康は、アア今それを考へてゐるところだ、左様ですか、お考へ中となら別に申上げることもありますまい、と引下つてきたといふ。
正信の考へでは三成を生かしておけば今に徒党を結んで反乱を起す。
なまじひに今殺してしまふと、反家康党の反乱といふ一とまとめに敵を平げる火口を失ふことになるから、ここは生かしておいて反乱を起させる方がよいといふ考へ、それを家康に上申するつもりであつたが、家康が思案中だといふから、家康の思案なら自分の考へと同じところへ落ちる筈だと呑みこみよろしく引下つたのだといふ。