けれども同じお座敷育ちの芸者たちが日増しに荒れ果てた心に落ちるのに比べれば、二十二のヒロシはまだ十七八のお酌と一本の合の子ぐらゐにウブなところが残つてゐた。
それは貞操に関する自覚の相違によるものだらうと夏川は思つたが、又、その慎しみ深さや、あらはなことを憎む思ひや、生一本の情熱は、古典芸術の品格の中で女の姿を習得した正しい躾が感じられて、時に爽快を覚えることもあつたのである。
けれども、ほのかなふくらみに初々しさを残してゐた美しい顔も、近頃はやつれて、どうやら年増芸者のやうなけはしさがたち、それにつれて彼の心も蝕まれ無限にひろがる荒野の心がほの見えてゐる。