夏川がこの一室へころがりこんだのは、まだ封鎖前の彼の好景気の頂上だつた。
そのころ彼はあぶく銭を湯水のやうに使つて、夜も昼ものんだくれ、天地は幻の又幻、夢にみた蝶々が自分の本当の姿やら、何が何だか分らないといふていたらくで、朝から寝床でウヰスキーのラッパ飲みといふ景気で、身辺はオモチャ箱をひつくり返したやうなドンチャン騒ぎの連続であつた。
彼はそれを空襲のあの轟音ともまがひのつかぬヤケクソの夢幻の心でだきしめて、ヒロシやオコノミ焼の母娘を芸者のやうに総あげの意気で飲んだり飲ませたり金をくれてやつたり、娘が家にねる時はいつも夏川の蒲団の中に寝てゐたものであつた。