この根本的な誤りをさとらずに、時局便乗作家を戦犯作家などゝ称するのは、つまり、さういふ御本人が時局の便乗家であり、通俗作家、通俗批評家に外ならぬことを証してゐるにすぎないのである。
本当の文学は戦争に負けたから変らなければならない性質のものではない。
さうかといつて、だから、旧態依然として戦争のさなかに「踊子」だの「来訪者」だの「問はず語り」を書いてゐた荷風が偉いといふことにもならない。
この根本的な誤りをさとらずに、時局便乗作家を戦犯作家などゝ称するのは、つまり、さういふ御本人が時局の便乗家であり、通俗作家、通俗批評家に外ならぬことを証してゐるにすぎないのである。
本当の文学は戦争に負けたから変らなければならない性質のものではない。
さうかといつて、だから、旧態依然として戦争のさなかに「踊子」だの「来訪者」だの「問はず語り」を書いてゐた荷風が偉いといふことにもならない。