私はどうにも切なくて、思ひがけなく及第したが、先生の顔を見る勇気がないので新学期から学校を休んでゐると、友達が来て、用器画の先生は学校をやめたといふことを伝へてくれた。
それ以来、私はいくらか学校をサボらぬやうになつたが、それは改心したせゐではなく、その時以来学校中の人気者になつて、ヒゲの生えたオヂサン連だのヨタモノ連に馬鹿親切に厚遇されるやうになつたから、いくらか学校が面白くなつたせゐである。
そこで私は陸上競技の御大などに祭りあげられて羽振りをきかしたものだが、何しろこの中学は人力車夫と新聞配達がたくさんゐるから馬鹿にマラソンが強いので、特に団体競技、駅伝競争となると人材がそろつてゐる。