個人の精神内部に於ける戦争の如きもので、エマヌエル・カント先生も純粋理性批判に於てさういふ表現を用ひてゐるが、ともかく芸術の世界は自らの内部に於て常に戦ひ、そして、戦ふ以上に、むしろ殉ずる世界である。
私のやうに身の程もかへりみず、トンボか、せいぜい雀ぐらゐの才能しかないくせに、鷲か鷹でなければ翔べない山脈へあがらうといふ。
その無理はよその人が見て考へるよりも本人自身が身を切る思ひで知つてをり、朝に絶望し、夕べにのたうち、鷲や鷹につかみ去られて食べられて糞になつたり嘔吐になつたり、そこで又いのちを貰つてコツコツやりだして、麓と二合目ぐらゐのところを翔んでは食べられて糞になり、翔んでは食べられて糞になり、糞の中から生れ代つて同じ所をせつせと登つて突き落されてゐる。