私のやうに身の程もかへりみず、トンボか、せいぜい雀ぐらゐの才能しかないくせに、鷲か鷹でなければ翔べない山脈へあがらうといふ。
その無理はよその人が見て考へるよりも本人自身が身を切る思ひで知つてをり、朝に絶望し、夕べにのたうち、鷲や鷹につかみ去られて食べられて糞になつたり嘔吐になつたり、そこで又いのちを貰つてコツコツやりだして、麓と二合目ぐらゐのところを翔んでは食べられて糞になり、翔んでは食べられて糞になり、糞の中から生れ代つて同じ所をせつせと登つて突き落されてゐる。
支那で戦争が始つた四年の後に本物の大戦争が始まるまで、私の方は戦争どころではなかつたので、ヨチ/\翔んでは食べられて糞になり、冒頭に述べた通り、支那で戦争の始まつたとき私は京都にゐたのだが、その年の正月の終りごろ、ふと東京で決意して、千枚ほどの原稿紙だけぶらさげて京都へ来たのだが、隠岐和一から伏見稲荷の前に部屋を探してもらつて長篇小説を書きだした。