支那で戦争が始つた四年の後に本物の大戦争が始まるまで、私の方は戦争どころではなかつたので、ヨチ/\翔んでは食べられて糞になり、冒頭に述べた通り、支那で戦争の始まつたとき私は京都にゐたのだが、その年の正月の終りごろ、ふと東京で決意して、千枚ほどの原稿紙だけぶらさげて京都へ来たのだが、隠岐和一から伏見稲荷の前に部屋を探してもらつて長篇小説を書きだした。
その隠岐が東京へ帰ると知り人はもとより一人もをらず、私はその孤独をいかばかり心強いものに思ひつめてゐたであらうか。
私を知る人は京都に一人もゐないのだ。