私は坂口安吾といふ名前であることを忘れようとした。
本当に忘れようとしたのだ。
どうしても名前の思ひだせない人間で、どこで生れ、どこから来てどこへ行く人間だか、本人にもしつかと分らない人間で、一ヶ月二十円の生活に魂を売つた人間で、昼頃起きて物を食ひ、夕べに十二銭の酒に酔つ払つてゴロリとねむる酒樽のでき損ひのやうな人間なのだ、と、どうしてそれを信じることが出来ないのだらう。
私は坂口安吾といふ名前であることを忘れようとした。
本当に忘れようとしたのだ。
どうしても名前の思ひだせない人間で、どこで生れ、どこから来てどこへ行く人間だか、本人にもしつかと分らない人間で、一ヶ月二十円の生活に魂を売つた人間で、昼頃起きて物を食ひ、夕べに十二銭の酒に酔つ払つてゴロリとねむる酒樽のでき損ひのやうな人間なのだ、と、どうしてそれを信じることが出来ないのだらう。