一杯十五銭から十七銭ぐらゐ、万事につけて京都よりは高価であつたが、生活費は毎月本屋からとゞけられ、余分の飲み代のために、都新聞の匿名批評だの雑文をかき、私はまつたく空々漠々たる虚しい毎日を送つてゐた。
この町の生活も太平楽だつた。
ある夏の日盛りのこと、伊勢甚(旅館)の息子が誘ひにきて、旅館の小舟をだして、この小舟を利根川の鉄橋の下へつないで寝ころぶのだが、これは涼しい特別地帯で、鉄橋の下の蔭を川風が吹き渡り、夏の苦しさを全く忘れ果てゝしまふ。
一杯十五銭から十七銭ぐらゐ、万事につけて京都よりは高価であつたが、生活費は毎月本屋からとゞけられ、余分の飲み代のために、都新聞の匿名批評だの雑文をかき、私はまつたく空々漠々たる虚しい毎日を送つてゐた。
この町の生活も太平楽だつた。
ある夏の日盛りのこと、伊勢甚(旅館)の息子が誘ひにきて、旅館の小舟をだして、この小舟を利根川の鉄橋の下へつないで寝ころぶのだが、これは涼しい特別地帯で、鉄橋の下の蔭を川風が吹き渡り、夏の苦しさを全く忘れ果てゝしまふ。