戦争のために物の欠乏が現れはじめ、それが私にも気付いたのは取手の町にゐる時であつた。
木綿類がなくなつた、東京になくなつたといつて、若園清太郎が買ひにきた。
私のところへ世帯じみた話をもたらすのは常にこの男だけで、女房をつれ、子供をつれ、子供のオシメを持つて遊びにきて世帯の風を残して行くので、私が小田原へ越して後も、私のところに鍋も釜も茶碗も箸もないといふので食事道具一式ぶらさげ、女房も子供もオシメもつれてやつて来て、変てこな料理をこしらへて食べさせてくれて、そのたびに、小田原にもパンがなくなつたとか、バタがなくなつたとか、さういふことを彼によつて発見する。