小田原でも二宮でも、我々の行く先々で、特別戦争がどうかうといふ挨拶をのべたところは一軒もなかつた。
日本人は雨が降つても火事でも地震でもなんでも時候見舞の挨拶の口上にするのであるが、戦争だけは相手のケタが違ふので時候見舞の口上にははまらなかつたのかな。
思ふに日本人といふ日本人が薄ボンヤリと死ぬ覚悟、亡びる覚悟を感じたのでないだらうか。
小田原でも二宮でも、我々の行く先々で、特別戦争がどうかうといふ挨拶をのべたところは一軒もなかつた。
日本人は雨が降つても火事でも地震でもなんでも時候見舞の挨拶の口上にするのであるが、戦争だけは相手のケタが違ふので時候見舞の口上にははまらなかつたのかな。
思ふに日本人といふ日本人が薄ボンヤリと死ぬ覚悟、亡びる覚悟を感じたのでないだらうか。