小田原陣が終つて京都に帰つた頃はいつぱしの茶の湯好きで、利休や紹巴などゝ往来し、その晩年は唯一の趣味の如き耽溺ぶりですらあつた。
一つには彼の棲む博多の町に、宗室、宗湛、宗九などといふ朱印船貿易の気宇遠大な豪商がゐて茶の湯の友であつたからで、茶の湯を通じて豪商達と結ぶことが必要だつたせゐもある。
如水は高山右近のすゝめで洗礼を受け切支丹であつたが、之も秀吉への迎合から、禁教令後は必ずしも切支丹に忠実ではなかつた。
小田原陣が終つて京都に帰つた頃はいつぱしの茶の湯好きで、利休や紹巴などゝ往来し、その晩年は唯一の趣味の如き耽溺ぶりですらあつた。
一つには彼の棲む博多の町に、宗室、宗湛、宗九などといふ朱印船貿易の気宇遠大な豪商がゐて茶の湯の友であつたからで、茶の湯を通じて豪商達と結ぶことが必要だつたせゐもある。
如水は高山右近のすゝめで洗礼を受け切支丹であつたが、之も秀吉への迎合から、禁教令後は必ずしも切支丹に忠実ではなかつた。