彼の葬儀は切支丹教会と仏寺との両方で行はれたが、世子長政の意志のみではなく、彼自身の処世の跡の偽らざる表れでもあつた。
元々切支丹の韜晦といふ世渡りの手段に始めた参禅だつたが、之が又、如水の性に合つてゐた。
忠義に対する冷遇、出る杭は打たれ、一見豪放磊落でも天衣無縫に縁がなく、律義と反骨と、誠意と野心と、虚心と企みと背中合せの如水にとつて、禅のひねくれた虚心坦懐はウマが合つてゐたのである。
彼の葬儀は切支丹教会と仏寺との両方で行はれたが、世子長政の意志のみではなく、彼自身の処世の跡の偽らざる表れでもあつた。
元々切支丹の韜晦といふ世渡りの手段に始めた参禅だつたが、之が又、如水の性に合つてゐた。
忠義に対する冷遇、出る杭は打たれ、一見豪放磊落でも天衣無縫に縁がなく、律義と反骨と、誠意と野心と、虚心と企みと背中合せの如水にとつて、禅のひねくれた虚心坦懐はウマが合つてゐたのである。