駿遠三の領主で、小なりといへども一王国の主人、信長の同盟国で、同盟国も格が下なら家臣と似たやうなものではあるが、ともかく独自の外交策によつて信長と相結んだ立場であつた。
信長と信玄の中間に介在して武田の西上を食ひとめ信長の天下を招来した縁の下の力持が家康で、専ら田舎廻りの奔走、頼まれゝば姉川へも駈けつけて急を救ふ、越後の米つき百姓の如き精神を一貫、行動した。
下剋上は当時の自然で、保身、利得、立身のために同盟を裏切ることは天下公認の合理であつたが、家康の同盟二十年、全く裏切ることがなく、専ら利得の香しからぬ奔命に終始して、信長の長大をはかるために犬馬の労を致したのである。