木下藤吉郎は柴田と丹羽にあやかるために羽柴秀吉と改名したが、秀吉の御謙遜だといふのは後日の太閤で判断しての話で、改名の当時は全く額面通りの理由であつたに相違ない。
彼の夢は地位の上昇と共に育ちはしたが、信長存命の限りは信長の臣、これが夢の限界で、信長第一の臣、それから信長の後継者、さういふ夢はあつたにしても、本能寺の変、光秀退治、自然の通路がひらかれるまで、それを狙ひはしなかつた。
家康の夢は一さう地道だ。
木下藤吉郎は柴田と丹羽にあやかるために羽柴秀吉と改名したが、秀吉の御謙遜だといふのは後日の太閤で判断しての話で、改名の当時は全く額面通りの理由であつたに相違ない。
彼の夢は地位の上昇と共に育ちはしたが、信長存命の限りは信長の臣、これが夢の限界で、信長第一の臣、それから信長の後継者、さういふ夢はあつたにしても、本能寺の変、光秀退治、自然の通路がひらかれるまで、それを狙ひはしなかつた。
家康の夢は一さう地道だ。