家康は四十の初恋、如水は四ツ年少の弟だつたが、この道にかけては日本一の苦労人、下世話に言ふ十五六から色気づくとは彼のこと、律義な顔はしてゐるが、仇姿ねたまも忘れ難し、思ふはたゞ一人の人、まさしくこの恋人はかけがへのない天下たゞ一人、いはゞ恋仇同志であるが、仕方がなければ百万石で間に合せるといふ手もあるし、恋仇同志は妙に親近感にひかれるもので、まして振られた同志ではあり、ふられた同志といふものは労はりあつた挙句の果に、結局実力の足りない方が恋の手引をするやうな妙な巡り合せになりがちなものだ。
家康は如水の口上をきゝ終つて頷き、なるほど、御説の通り私の娘は氏直の女房で、私と北条は数年前まで同盟国、昵懇を重ねた間柄です。
ところが、昵懇とか縁辺は平時のもので、いつたん敵味方に分れてしまふと、之が又、甚だ具合のよからぬものです。