小田原征伐が終り奥州も帰順して、ともかく六十余州平定、応仁以降うちつゞく戦乱にやうやく終止符らしきものが打たれたばかり。
万民が秀吉の偉業を謳歌するのは彼によつて安穏和楽を信ずるからで、然る時に、息つくまもなく海外遠征、壮丁は使丁にとられ、糧食は徴発、海辺の村々は船の製造、再び諸国は疲弊して、豊臣の名は万民怨嗟の的となる。
明を征服したればとて、日本の諸侯をこゝに移して永住統治せしめることは不可能で、遠征の結果が単に国内の疲弊にとゞまり実質的にはさらに利得の薄いことを三成は憂へたから、淀君の力によつて思ひとゞまらせたいと計つた。