その代り、御礼として、叛民の沙乙背同と俘虜の孔太夫を引渡すし、又、倭寇の親分の信三郎だの金十郎だの木工次郎といふてあひを引捕へて差上げるから、と言つて、三拝九拝懇願に及んだ。
ともかく朝鮮側の承諾を得ることができて、交隣通信使たる黄充吉、副使の金誠一らを伴つて京都に上り、之を帰順朝貢と称して上申したのだが、朝鮮王からの公文書は途中で偽造してシッポのでないものに造り変へておいたのだ。
この朝鮮使節が上洛したのは小田原征伐の最中だつたが、朝鮮などは元々日本の臣下ときめてかゝつた秀吉、あゝ、左様か、ヨシヨシ、待たしておけ、問題にしない。