須永の家へ行って、用もない松へ大事そうな雪除をした所や、狭い庭を馬鹿丁寧に枯松葉で敷きつめた景色などを見る時ですら、彼は繊細な江戸式の開花の懐に、ぽうと育った若旦那を聯想しない訳に行かなかった。
第一須永が角帯をきゅうと締めてきちりと坐る事からが彼には変であった。
そこへ長唄の好きだとかいう御母さんが時々出て来て、滑っこい癖にアクセントの強い言葉で、舌触の好い愛嬌を振りかけてくれる折などは、昔から重詰にして蔵の二階へしまっておいたものを、今取り出して来たという風に、出来合以上の旨さがあるので、紋切形とは無論思わないけれども、幾代もかかって辞令の練習を積んだ巧みが、その底に潜んでいるとしか受取れなかった。