そこで内藤如安(小西の一族で狂信的な耶蘇教徒だ)を媾和使節として北京に送る、明国からは更に条件をだして貿易を復活するに就ては、足利義満の前例のやうに、明王の名によつて秀吉を日本国王に封ずる、それに就ては秀吉から明へ朝貢して冊封を請願して許可を受ける、要するに秀吉が降伏して明の臣下となつて日本国王にして貰ふ、といふ意味だ、かういふ条件をだしてきた。
この難題にさすが行長も思案にくれてゐると、行長さん、いゝぢやないか、惟敬は首をスポンと手で斬つて、これ、ネ、私もあなたにつきあふよ、ネ。
こゝまで来たら、最後の覚悟は一つ、ネ、行長も頷いた。