一人が如水であることは語らずしてすでに明らかなところであるが、も一人を直江山城守といひ上杉百二十万石の番頭で、番頭ながら三十万石といふ天下の諸侯に例の少い大給料を貰つてゐる。
如水はねたまも天下を忘れることができず、秀吉の威風、家康の貫禄を身にしみて犇々と味ひながら、その泥の重さをはねのけ筍の如き本能をもつて盲目的に小さな頭をだしてくる。
人一倍義理人情の皮をつけた理窟屋の道学先生、その正体は天下のドサクサを狙ひ、ドサクサまぎれの火事場稼ぎを当にしてゐる淪落の野心児であり、自信のない自惚児だつた。