心の真実というものが儚いのだ。
戦争中のわれわれは、たゞ宿命の子供であったから、それで二合一勺ぐらいの配給に不足もいわず、芋だの豆の差引だの、欠配だの、そういうことに不平や呪いがあるにしても、同時にあきらめていたのである。
不平や呪いは自我のこえであるが、自我はすでに影であり、宿命の子供が各人ごとの心に誕生して、その別人が思考し、生活していたからであった。
心の真実というものが儚いのだ。
戦争中のわれわれは、たゞ宿命の子供であったから、それで二合一勺ぐらいの配給に不足もいわず、芋だの豆の差引だの、欠配だの、そういうことに不平や呪いがあるにしても、同時にあきらめていたのである。
不平や呪いは自我のこえであるが、自我はすでに影であり、宿命の子供が各人ごとの心に誕生して、その別人が思考し、生活していたからであった。