敬太郎は篤く礼を述べてまた門を出たが、暗い夜の中で、礼の述べ方がちと馬鹿丁寧過ぎたと思った。
これはずっと後になって、須永の口から敬太郎に知れた話であるが、ここの主人は、この時玄関に近い応接間で、たった一人碁盤に向って、白石と黒石を互違に並べながら考え込んでいたのだそうである。
それは客と一石やった後の引続きとして、是非共ある問題を解決しなければ気がすまなかったからであるが、肝心のところで敬太郎がさも田舎者らしく玄関を騒がせるものだから、まずこの邪魔を追っ払った後でというつもりになって、じれったさの余り自分と取次に出たのだという。