余に残された畑の如きも、素人が耕して手があまるほどのものでしかない。
幸い余が軍人時代に老父母のために新築したのが今日わが身の役に立っているのであるが、そのほかには蓄えというものもない。
思えば、村長たるの給料によって戦後はじめての栄養を得ているような次第であった。
余に残された畑の如きも、素人が耕して手があまるほどのものでしかない。
幸い余が軍人時代に老父母のために新築したのが今日わが身の役に立っているのであるが、そのほかには蓄えというものもない。
思えば、村長たるの給料によって戦後はじめての栄養を得ているような次第であった。