妻女山につながる山脈は松代の背面を迂回しており、この山々の麓には過ぐる太平洋戦争に日本軍部が築きかけて終戦となった松代大本営の地下室への入口のいくつかが望見できるのである。
天皇の居室に当るところは、山峡に入口が設けられており、ためにここから見ることはできない。
随行の放善坊は、海津城の動勢よりも松代大本営の設計に多大の興味を覚えた如くであったが、余もまた若干その傾きがあった。
妻女山につながる山脈は松代の背面を迂回しており、この山々の麓には過ぐる太平洋戦争に日本軍部が築きかけて終戦となった松代大本営の地下室への入口のいくつかが望見できるのである。
天皇の居室に当るところは、山峡に入口が設けられており、ためにここから見ることはできない。
随行の放善坊は、海津城の動勢よりも松代大本営の設計に多大の興味を覚えた如くであったが、余もまた若干その傾きがあった。