これでよもやの懸念もなくなったから、そろそろ元の位地に帰ろうというつもりで、彼は足の向を更えにかかった途端に、南から来た一台がぐるりと美土代町の角を回転して、また敬太郎の立っている傍でとまった。
彼はその電車の運転手の頭の上に黒く掲げられた巣鴨の二字を読んだ時、始めて自分の不注意に気がついた。
三田方面から丸の内を抜けて小川町で降りるには、神田橋の大通りを真直に突き当って、左へ曲っても今敬太郎の立っている停留所で降りられるし、また右へ曲っても先刻彼の検分しておいた瀬戸物屋の前で降りられるのである。