年号や元号を書き忘れても、丙午三月とか丁寅七月というように干支の方は書き忘れない。
古い碑文や古記録なぞにはそれが多くて、いつの天皇のころの丙午であるか丁寅であるか、その判定に学界が今も迷っているような例は少くない。
六十年のヒラキがあるのだから判定によっては一問題であるが、昔の人はそんなことが問題になるとは考えていなかったらしく、干支の六十年周期というものが車輪の跡のように正しく伝わり残って行くものだと思いこんでいたのかも知れない。
年号や元号を書き忘れても、丙午三月とか丁寅七月というように干支の方は書き忘れない。
古い碑文や古記録なぞにはそれが多くて、いつの天皇のころの丙午であるか丁寅であるか、その判定に学界が今も迷っているような例は少くない。
六十年のヒラキがあるのだから判定によっては一問題であるが、昔の人はそんなことが問題になるとは考えていなかったらしく、干支の六十年周期というものが車輪の跡のように正しく伝わり残って行くものだと思いこんでいたのかも知れない。