古い碑文や古記録なぞにはそれが多くて、いつの天皇のころの丙午であるか丁寅であるか、その判定に学界が今も迷っているような例は少くない。
六十年のヒラキがあるのだから判定によっては一問題であるが、昔の人はそんなことが問題になるとは考えていなかったらしく、干支の六十年周期というものが車輪の跡のように正しく伝わり残って行くものだと思いこんでいたのかも知れない。
こういう古い歴史的生命を持ちつたえている干支であるから、日本人の生活にくいこんでいる干支の魔力というものは深く広く根強いものがある。
古い碑文や古記録なぞにはそれが多くて、いつの天皇のころの丙午であるか丁寅であるか、その判定に学界が今も迷っているような例は少くない。
六十年のヒラキがあるのだから判定によっては一問題であるが、昔の人はそんなことが問題になるとは考えていなかったらしく、干支の六十年周期というものが車輪の跡のように正しく伝わり残って行くものだと思いこんでいたのかも知れない。
こういう古い歴史的生命を持ちつたえている干支であるから、日本人の生活にくいこんでいる干支の魔力というものは深く広く根強いものがある。