立川文庫の場合に於ては、一般に風変りなもの、たとえばクサリ鎌や小太刀や宝蔵院の槍など、別格視されるとともに、異端視され、時には敵役に廻されたり負け役に廻されたり、あまりよい扱いを受けないのが普通で、子供たちの多くもクサリ鎌使いなぞは好まないのが普通であるし、また好まなくなるのが当り前の取り扱いを受けてもいるのである。
ところが馬庭念流はそうではない。
甚しく別格に扱われているけれども、常にひそかな親愛をもって扱われているようで、いわば万人がそのふるさとの山河に寄せる愛情のようなものが常にこの流派にからんで感じられるような気がするのである。